VICTORIA州のABORIGINAL ART

「アボリジナル・アート」というお題をいただきまして、およそ1ヶ月、取材&リサーチ&思索の日々。勉強しました。がんばりました。自分の知識のなさに、愕然としました。たくさんの人にお世話になりました。

砂漠にいるだけじゃない、アボリジニの血を受け継ぎながら、街に住み、ほかのオーストラリア人と同じ街の生活をしている人たちがいること。彼らの多くが、アボリジニとしてのアイデンティティについて、葛藤を持っていること。

白人がやってくる前、アボリジニの人々が営んでいたのは超エコな自然共存ライフスタイル。その地にある自然の恵みを枯らさぬよう、土と水を汚さぬよう、一つところに留まらない生活。超未来的なすばらしい暮らしぶりであったこと。

ビクトリアに住むアボリジニの人々にとって、アートとは、過去と今を結ぶものであること。

メルボルン・ミュージアムのキュレーター、本人もお母さんがアボリジニであるジェノビーブから、大事なことをたくさん学びました。

伝言ネット2013年9月号特集記事「VICTORIA州のABORIGINAL ART」
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私見。

「アート」とは何か。頭を使わず、純粋に、ただ見たときに、「きれい」とか「すごい」とか「気持ちいい」あるいは「気持ち悪い」と感じるもの。そう思ったときに、ビクトリア含む都市部のアボリジニの人々による作品は、「アート」なのかどうか、迷うものが実は多くあります。

それは彼らの歴史的背景、伝統、アイデンティティといった注釈なしには、鑑賞不可能なものだからです。感覚ではなく、頭を使わないと見ることができない。

白人入植以降のビクトリア州のアボリジニの人々の歴史は、ただひとえに哀しいです。数日前、メルボルンの街のど真ん中で、一目でアボリジニと分かるおじさんとおばさんを見かけたとき、彼らの姿が今のこの街にあまりにもそぐわなくて、涙が出そうになりました。ここは、もともと彼らの土地だったのに。ここであんなにすばらしく美しい生活を営んでいたのに。「勝手に来て住んじゃって、ごめんなさい」と、謝りたくなってしまいました。

今、私みたいな黄色い移民含む「白人」側が、そのことを認識し始めた。その「白人」側の罪の意識ゆえに「アボリジニ」という言葉にまつわるすべてが、まだまだセンシティブです。それゆえアボリジニの人々の文化、アートも、まだまだ、腫れ物に触るような特別扱いをされている。それが私の印象です。

それは当然の、過程だと思います。だからこそ、ジェノビーブが言っていたように「エキサイティング」。アボリジナル・アートが進化する、その過程を目の当たりにしているのですから。

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もうひとつ余談。このお仕事と平行して、別件で江戸時代/幕末/明治について調べものをしていました。杉浦日向子の本を読んで、江戸文化のすばらしさに開眼中の折でした。そして、それが明治維新によって終わってしまったことを残念にも思っていました。

そこではっと気がついた。メルボルンへの本格的な白人入植と江戸への黒船来航は、時期をほぼ同じくしている。入植前のアボリジニの人々のエコな暮らしの美しさ、江戸末期の成度の高い独自の文化。それらが同時に、西洋文明との接触によって損なわれたんだと気がつきました。

偶然でも何でもないのです。長い航海に耐えうる大型の船が作られて、西洋人が世界中のいろんなところにやってきたのがこの時期だった、というだけのことで。ただ、アボリジニ伝統ののんびり気持ちいいライフスタイルにも、江戸時代の粋でいなせでかっこいい文化にも、どちらにも感じ入っていたので、ちょっと感傷的になってしまいました。